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倚邦古樹青餅2014年・秋天 その4.

製造 : 2014年10月28日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明倚邦山小葉種古樹
茶廠 : 易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 木製の茶箱
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の茶壺・茶杯・鉄瓶+炭火
倚邦古樹青餅2014年・秋天
倚邦古樹青餅2014年・秋天
倚邦古樹青餅2014年・秋天

お茶の感想:
この茶葉、思っていたよりも良いかもしれない。
できた当初に気になっていた渋味が落ち着いてまろやかになっている。
『倚邦古樹青餅2014年・秋天』(卸売部)
温める
注ぎ
注ぎ
茶湯の色
透明感があり、後を引く苦味が軽快で心地よい。
シンプルな味で、熟成4年目の安定した今となっては何度飲んでも新しい発見は少ないだろう。あまり膨らんだり開いたりしない味わいに華は無いかもしれないが、飽きが来ない。倚邦の村から離れた国有林の茶樹に品種のバラエティーが少ないことによると推測する。
このお茶の茶地は村から1時間半も歩く森の中にある。
倚邦山のような歴史のある茶山は、村の周辺ほど品種のバラエティーが多い。茶樹を選ばないで混采すると、いろんな個性の茶樹のいろんな味が混ざることになる。
易武山の麻黒や落水洞周辺、漫撒山の丁家老寨や張家湾周辺もそういう傾向がある。
かつて明代から清代にかけての貢茶づくりにおいて、品種の栽培実験が村の周囲で行われたせいかもしれない。
村から離れたところは、原生種が群生しているか、それとも清朝の貢茶の需要があった時代に新しい茶地として開拓され茶果(種)が持ち込まれて栽培されたので、そのとき母樹となった品種が選ばれていたら村の周辺よりも混生状態にはなりにくい。ミツバチが花粉を運んでくるにしても、遠く離れているため他所の血が混ざりにくいわけだ。
茶湯
葉底
昇りもしない沈みもしない、宙に浮く感じの秋の茶葉の体感。
生茶のわりに身体が温まる。
小葉種なりのやや強いアタックがあり、どっと汗が出てきた後に涼しくなって長袖を着たが、早春のお茶ほど寒くはならない。
ところで、このお茶は木の茶箱(内側トタン板貼り)に入れて熟成させることにした。
茶箱熟成
茶箱
生茶の餅茶数種をギッシリ詰めて18キロはある。
茶葉がたくさん集まると、お互いに湿気を調整したりして良い影響を与える。
陶器の壺熟成とはまた違う変化があるかもしれない。

ひとりごと:
苦味が甘味を誘う。
チェコ土の徳利
香取90
酒湯
寺田本家の香取90。9月9日の蔵出しのを入手した。
利き酒のような味の上等は知らない。
体感の良さと素朴な味わいでこの酒を選んでいる。熱燗ならではの大きな波に揺られて眠くなる。

倚邦古樹青餅2014年・明後 その9.

製造 : 2014年05月15日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県象明倚邦山小葉種古樹
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : タイのミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+銅のヤカン
メコン川
川の舟
川の草
空
川の階段
川の社
窓からメコン川

お茶の感想:
火入れ実験のつづき。
西双版納から茶友に持ってきてもらったお茶。
『邦古樹青餅2014年・明後』(卸売部)
これを茶壺で火入れしてみる。
茶葉
茶壺をつかって茶葉の火入れ
今回は湯が沸騰してから40分の火入れ。ちょっと長め。
蒸気には蒸気ならではの熱の性質があるだろう。茶葉の火入れにしては低温だが、時間をかけて熱量を補う。
前回の勉強会で生茶の餅茶『易武古樹青餅2010年』を炭火で炙るのを試した。
お餅を焼くみたいに小さめの七輪に網を敷いて、餅茶の崩したカケラを置く。
お餅
(写真は実際にお餅を焼いているところ。)
炭は3つだけ。結果的には2つでも十分だった。
初回は加減がわからずに焦がしたが、2回めは手を近づけても耐えられるほどの遠火でじっくり1時間ほど炙った。
これがとても香りのよいお茶になった。焦げ臭さや煙臭さはない。新鮮な緑が蘇るような爽やかな香り。やや烏龍茶っぽくなる。味はシンプルになる。苦味とその反動の甘味と、お茶のお茶たる個性だけが際立つ。
遠赤外線の照射は茶葉の表面の複雑な形状にもまんべんなく熱がゆきわたるのがよい。また、弱い火を長時間維持するのはガスや電熱よりも経済的かもしれない。
茶壺の中
今回は、茶壺ごと蒸すようなカタチだが、茶壺の中は乾燥している。
実はこの茶壺はちょっと水漏れする。少量の蒸気が入るかもしれないが、空気中の水は冷たいほうへ逃げる性質があるため、蓋の裏が少し湿る程度で茶葉を蒸らすことはなかった。
茶葉に水分が少しでもあると酸化が早まる。
乾燥している茶葉でもごく少量の水分を含んでいる。その水分が熱をもつと茶葉の成分変化を早める。これを避けるために、茶壺と茶葉とを常温から時間をかけてゆっくり温度を上げてゆく。茶葉がさらに乾燥して、それから温度をもっと上げてゆく。こうして水分による影響をなるべく避ける。
茶壺の温度が上がってから茶葉を投入すると、低い温度の茶葉に水分が逃げ込むかもしれないので、茶壺と茶葉をいっしょに加熱するほうがよいと考えている。
ヤカンの蒸気の熱を利用するのは温度に上限があるので焦げる心配はない。そこがよい。時間だけを調整して火入れの感覚をつかめる。
泡茶
こうして火入れした茶葉は、湯を注いでから茶葉の成分が出るのにちょっと時間がかかる。まだ熟成3年モノなのに20年モノくらいの感じに似ている。
じっくり抽出するせいもあって、味もまた熟成されたものに近づく。
このお茶の場合、いつもは4煎めくらいから出てくる深い味わいが1煎めからいきなり出る。また、早春のお茶にありがちな辛味は消失している。味はシンプル。小葉種の軽い苦味が際立つ。複雑さや鮮やかさは消えて静かになる。
体感は落ち着いている。喉のとおりは涼しく腹の底のほうへすっと収まる。「寒」の性質は「温」の性質に近づいているせいか、飲んだ後のドキドキするような胸のあたりの詰まり感もなくなっている。
このブログでもたびたび指摘しているが、生茶のプーアール茶を若いうちに飲むのは難しい。汗をかく暑い季節はよいが、寒い季節には向かない。個人差もあるのでその加減を自分で探って見つけて、いちいち計るように注意して飲まなければならない。
お茶として完成していない。
未完成のまま流通していることになる。
しかし、昔の人は未完成なお茶を自分の手元で完成させていた。冷蔵庫もない時代に、長期保存できる乾物のひとつとして保存のケアをしたり、煎じ方に工夫したり、熟成による薬効の変化をそれぞれの家庭のやり方で見つけていただろう。
家庭に知恵があったのだよな。
知恵のない現代の家庭にどんなお茶を売ったら良いのかを考えてお茶メーカーはいろいろ工夫するけれど、その展開はあまりカシコくない結果になると見ている。

ひとりごと:
チェンコーンに通いだしてから6年経つが、今回はじめて見つけた豚の生の血のラープ。
ラープは肉を香草やスパイスをいっしょに叩いてミンチにして、塩や魚醤や辛子味噌などで味付けしたもの。
生のラープ
この写真のラープは血だけでなく肉も生である。数年前に西双版納のタイ族の村でご馳走になって以来だったが、チェンコーンのお惣菜屋さんにも売っていた。
味は、牛肉の生のユッケやタルタルステーキや魚のなめろうにも似ているが、血生臭さなど全くなく、脂っぽいこともなく、サラッと口に溶ける。火入れしていないので血の成分が生きているからだろう。
豚の生の血って細菌や寄生虫が怖いよな。
体調の良いときに食べる。ゆっくり食べる。付いている香草といっしょに食べる。主食のもち米といっしょに食べる。ラオスの50度の焼酎ストレートを飲みながら食べる。冷たい飲み物を飲まない。
お腹の中の消化の過程で発酵に似たようなことが起こっているが、良い発酵をしたら悪い菌などやっつけてくれる。はず。

弯弓古樹青餅2014年 その6.

製造 : 2014年05月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶崩し
保存 : アルミ茶缶密封
茶水 : 京都の地下水 
茶器 : チェコ土の茶壺
春尖の茶葉

お茶の感想:
熟成と「春尖」(chun jian)の関係を考える。
春尖とは早春の新芽・若葉のこと。
乾季の冬を越して根や幹や枝に蓄えられたエネルギーが新芽に集中する。
現在は春尖をたっぷり含んだ餅茶は少ない。茶葉の生産量が増えているからだ。
茶山や茶樹によって春の初摘みのタイミングは異なるが、春尖の採取できるのははじめの数日間だけ。春の旬は5週間ほど続くが、ほとんどは大きく育って春尖と呼べる濃度はない。需要が増えると農家の采茶は長期化する。つまり、晩春の茶葉の生産量ばかりが増えて春尖の割合は減る。
近年は多くの餅茶が早春から晩春の茶葉を混ぜ合わせて餅茶にするので春尖が少ないわけだ。
ところが、春尖が多いほど美味しいかというとそうでもない。
春尖が多いと味はピリピリ辛い。苦味がやや強い。体感も強い。
むしろ春尖が少ないほうが味も体感もやさしいくて飲みやすい。
例えばこのお茶。
+【祈享易武青餅2014年 その1.】
祈享易武青餅2014年
原料は一級品だが、早春から晩春までの茶葉が混ぜられるので春尖は少ない。森の古茶樹は日陰で育つものが多く、新芽・若葉の出てくるタイミングが遅くなる。どうしても春尖の割合は少ないわけだ。
大きめの新芽や茎
けっこう大きく育った新芽や硬い茎の部分が混じる。
しかし、味のバランスがよく、喉ごしやわらかく、体感もやさしい。ちょっと濃くしても美味しく飲める。
同じ年2014年の弯弓のオリジナルのお茶と比べてみた。
【弯弓古樹青餅2014年】
弯弓古樹青餅2014年
このお茶の春尖の割合は多い。
采茶は2014年3月15日頃と4月3日頃の2本の樹から行われている。後から考えると弯弓の古茶樹にしてはかなり早い采茶になる。比較的日光のあたる場所で育った茶樹がそうなりやすい。それゆえ早春のまだ乾燥した気候のうちに采茶ができて春尖の純度が高くなる。
弯弓と祈享
左: 弯弓古樹青餅2014年
右: 祈享易武青餅2014年
茶葉の大きさ。色の違い。
どちらも漫撒山の原生種に近い大葉種で、品種的な違いは無い。
春尖の繊維は小さく、柔らかく、茶醤と呼ぶ粘着性の成分が多く、圧延が緊密になりやすい。同じように圧延してもスキマなくガッチリ固まる。
泡茶
少し濃くしてみたら、やはり辛い。苦い。茶気がムンムンしていて喉からお腹にスッと落ちないで上がってくる感じ。しばらくしてゲップが出る。
アルコール度数の高いお酒に似ている。
40度のウオッカはストレートでゴクゴク飲めないけれど、6%のビールはゴクゴク飲める。
春尖の唯一良いところは水質がきめ細かく舌触りがツルンと滑らか。このために甘いと感じることもあるが錯覚だと思う。ウィスキーのストレートでも上質なのは甘く感じたりする。
春尖の葉底
葉底(煎じた後の茶葉)。春尖の繊維は柔らかく指でカンタンにつぶれる。
お茶好きであっても茶気の強いのが苦手な人はけっこう多い。女性やお年寄りはとくにそう。それなのに春尖にこだわる。
2014年の春は弯弓の茶葉のサンプルを多く試して、その中からわざわざこの茶葉を選んでいる。やさしい味のサンプルもあったけれどパスしている。
なぜ春尖にこだわるのか?
あまり意識しないでそうしていたが、振り返ってみると、老茶が自分の手本になっているからだ。
このふたつの餅面の茶葉の写真を見比べてほしい。
+【易昌號大漆樹圓茶04年】
+【7542七子餅茶80年代中期】
上が2004年の晩春の茶葉。色が薄い。黄金色した新芽が大きく育っている。
下が1980年代中期の早春の茶葉。色が濃い(黒い)。黄金色した新芽は爪の先ほどの大きさ。
1980年代のは春尖の多い特徴が現れている。
プーアール茶のいくつかのタイプの中で、1980年代のは清代の貢茶のカタチを継承する茶文化のお茶。交易で栄えた都市で販売されたお茶。生活のお茶ではなく嗜好のお茶。食・酒・煙草・薬草・茶。都市が求める快楽は生理的欲求から離れて、進化を欲求させなければならない。お茶は味や香りもさることながら、茶酔いに神聖なものを感じさせなければならない。
春尖にはそんなチカラが宿る・・・・というのが自分なりの見方。
熟成によって、強すぎる茶気は穏やかになるのか、熟成にどんなふうに有効なのか、13年後にははっきりするだろ。
易武古樹青餅2010年試作品
新芽が爪の先ほどの大きさ
『易武古樹青餅2010年の試作品』
黒っぽく艶のある餅面。緊密に詰まった茶葉。黄金色した新芽は爪の先ほどの大きさ。春尖の純度が高い。
追記:
春尖の茶気の強いのは、お茶淹れの技術である程度カバーできる。
白磁の蓋碗のような熱を逃がしやすい茶器でサッと湯を切るとか、保温性の高い茶壺なら煮やさないよう湯の温度を低めにするとか。なによりも茶葉の量をおもいきって少なめにしたらバランスは良くなる。

ひとりごと:
1980年代までは高級なプーアール茶はすべて海外に売られていた。外貨を稼ぐ国策で専売公社が香港経由で輸出していた。
人民元の価値がまだ安かったから、外国は中国の高級茶を格安で買えた。
日本人で中国茶=安いというイメージのある人は、このときの感覚がまだ残っているのだろう。
でも現在は違う。人民元が高いから。
この先、人民元が格安に思えるほど経済発展する国はあるだろうか?
おそらく世界中のどこにも、高級茶を安く買える人なんていなくなったのだ。

漫撒三家青餅2014年・秋天 その4.

製造 : 2014年10月28日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山三家寨古茶樹
茶廠 : 易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 陶器の茶缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 景徳鎮の白磁の蓋碗2種
漫撒三家青餅2014年・秋天
漫撒三家青餅2014年・秋天包み紙

お茶の感想:
昨日ののつづき。
蓋碗2種を試す。
今日はこのお茶。
『漫撒三家青餅2014年・秋天』(卸売部に出品)
漫撒三家青餅2014年・秋天5g
5g
北京の愛好家の蓋碗は熱を溜める。
それがじわじわ茶葉を煮やす。
この特徴を活かせないだろうかと考えた。
2014年の秋のお茶は、今から振り返って言えることだけれど、この数年でいちばんコンディションが悪かった。
見てのとおり大きく成長しすぎている。
これでも柔らかい一芽二葉か一芽三葉だから、雨の季節が終わっていないタイミングで采茶していることになる。
早春の新芽・若葉の多い茶葉は熱に敏感で、熱い湯で火傷させないよう気をつけなければならないが、秋の大柄の茶葉は熱い湯で葉や茎の内側の成分をしっかり抽出したほうが美味しい。
漫撒三家青餅2014年蓋碗2種1煎め
1煎め。
ほとんど差がない。
この時点で、このテストはあまり面白いことにはならないと予測した。蓋碗では役不足なのだ。
それでも少しの差があったので記録しておく。
手元の蓋碗(右の蓋碗)は、一煎めの味に微かな湿気味が感じられた。茶葉にまだ熱がしっかり通っていないときに出る味。口に含んだ茶の香りと味とが分離したようでまとまらない。その点、北京の愛好家の蓋碗は一煎めから比較的まとまっていた。ほんとうに微かな差である。
4煎めの蓋碗
4煎めの茶海
4煎めの茶杯
4煎め。
差なし。
ほんとうに差がないからびっくりする。
あえて言うなら、北京の愛好家の蓋碗のほうがちょっと甘い気がする。
葉底
葉底(煎じた後の茶葉)
茶葉の色も同じ。
蓋碗では味が出し切れない。
もったいないから紫砂の茶壺にバトンタッチ。
茶壺
茶湯の色は薄いがしっかり味が出た。まとまったまるい味。
以上。

ひごりごと:
業者仲間と天気の話が多くなってきた。
昨日も今日も雲が空を支配して、ときどき大粒の雨を降らしている。
西双版納の秋の旬は、雨の季節が終わるのが早いか、茶樹が冬眠するのが早いか、そのギリギリを狙いたいところだが、場合によっては雨の季節が終わらないうちに茶樹が寝てしまうこともある。
雨の季節が長引くほうが茶葉の育ちがよいので農家は収穫量が多くて儲かる。
農家に嫌われる茶商にならないと。

瑶郷古樹青餅2014年 その5.

製造 : 2014年5月
茶葉 : ラオス古茶樹
茶廠 : ラオスの瑶族+漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納 竹皮+紙包み袋密封
茶水 : 京都御所周辺の地下水
瑶郷古樹青餅2014年の竹皮一筒6枚組
竹皮一筒6枚組

お茶の感想:
しばらく品切れ中だったお茶。
+ 【瑶郷古樹青餅2014年】
西双版納からの荷物がようやく届いて本日再出品した。
竹皮一筒6枚組が2筒分ある。
この竹皮包みは、当店の他のお茶の竹皮包みと比べてもギュッと引き締まっていて、職人の技が冴えている。
これ、開封するのはもったいないな・・・。
というわけで、バラ売りできる3枚以外は、6枚組の竹皮包みのまま売ることにする。
1年や2年売れなくても、いや、10年売れなくてもぜんぜん平気。
今年から熟成風味がグッと良くなっていて、これからもっと良くなる。自信がある。
熟成の予測は難しいが、このお茶は易武山の系統のお茶。刮風寨からそう遠くないラオスの山のものなので、長期熟成の味に実績がある。
今のところ、『易武古樹青餅2010年』と似たような変化の道をたどっている。
瑶郷古樹青餅2014年餅面
泡茶
茶湯
今年の春は刮風寨のお茶をつくらなかったが、昨年の秋から訪問しはじめていて、春には茶友が刮風寨のお茶づくりにトライしたこともあって、ちょっとずつ理解が深まっている。
この一帯は瑶族の土地なので、瑶族の農家と交流するうちに、刮風寨から近いラオスのこのお茶についてもだんだんとわかってきたことがある。
価格差があるので、易武山の名のある地域のお茶として産地偽装して流通するのは言うまでもないが、われわれ仲間内では試飲するとその違いがわかる。
ラオスのお茶は水がやや硬いのだ。
淡い感じ、甘い感じ、消えの早い感じ、滋味ある感じは、易武山のお茶の表現に似ているが、水がやや硬い。
同時に飲み比べないとわからない程度である。

ひとりごと:
次回の勉強会のテーマは「熟成」。
としたいが、これがけっこう難しい。
話すことよりも現物で、お茶の味で、それを説明したい。
2000年以降は広東省の東莞市に大きな倉庫が集まっていて、いろんな試みがある。
数千トンというとんでもない量のお茶を倉庫に入れている業者もいる。
その倉庫のサンプルも入手している。
ただ、現段階で話したくないところもある。
当店はあくまでも熟成味のお茶を完成させて売ることで伝えたいことを伝えるべきであり、お茶の味でなにかを表現するべきであり、知識とかしゃべりとかで表現するのはチープなのだな。
我慢したほうがよいかもしれない。
でも、あと何年我慢する?というか何年我慢できる?
73青餅
写真は『73青餅』1984年。

祈享易武青餅2014年 その7.

製造 : 2014年04月02日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山一扇磨
茶廠 : 上海廚華杯壷香貿易有限公司監製
工程 : 生茶のプーアール茶
形状 : 餅茶357gサイズ
保存 : 西双版納 ステンレス缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの小さめの茶壺

お茶の感想:
易武山の老街から近い「麻黒」・「落水洞」などの有名茶地はダメになったとみている。このブログでも何度か書いているが、周辺の山の低いところの原生林が伐採されて、バナナやゴムの畑になったからだ。とくにこの3年くらいは西双版納の高原バナナが都市に向けてよく売れたので、重機で原生林が伐採され、冬の乾燥した季節に野焼され、あっというまに山の斜面は砂漠になっていった。そこにバナナが植えられると見かけ上は緑であるが、原生林ほどの保湿力はない。生態系もない。
原生林から沸き立つ蒸気の湿った涼しい風に包まれていた山の上の茶地は、いまや乾いた熱風が届いて、茶葉はそれに晒されている。
お茶にその「燥」の味が現れるのをいくつかのサンプルで確認している。他人にそれを証明するにはサンプル数が少ないけれど、もう十分だ。
念を押すがこの話は農地やそこから見える周囲の環境のことではない。歩いて横断するなら何時間もかかるような山全体の環境のことを話している。
山全体が健康なところお茶を求めたい。
そうでないと、こんな遠いところまで来ている意味がない。
象明のバナナ園とゴム園
(象明のバナナ園とゴム園。山の上のちょろっと残った森に古茶樹がある。)
孟海の山と畑
(孟海県の山はどこもこんな具合に山の下の方は畑ばかりになっている。)
景邁の観光農園
(古茶樹の観光農園になっている景邁は、裏に回ると台地茶の茶畑ばかりで森はない。)
刮風寨の森
(刮風寨はずっと原生林の森がつづく。)
世界中のお茶どころがすでに山の周辺の森を失っているため、みんなは「燥」の味のお茶に慣れているから、わざわざコストの掛かる森のお茶を求めて深い森に入るのは経営が成り立たないかもしれないけれど、自分は自由人なので、気持ち悪いと思ったことを抱えたまま惰性で仕事をする立場ではない。
今日はこのお茶。
+【祈享易武青餅2014年 その1.】
祈享易武青餅2014年1
祈享易武青餅2014年2
祈享易武青餅2014年3
森のお茶にいちはやく挑戦した上海の老板。
やはり価格が高すぎて販売面で苦労しているけれど、そんなこと初めから分かっていただろう。中国だから、販売権を独占しようとたくらむ業者もいて(ゆくゆくはこのブランド名を活かして偽物づくりをするつもりだろう。)パートナーを選ぶのにも苦労している。
リアルだ。
宣伝広告のうるさい現在の市場においては、よく売れているモノってどこかウソっぽい。
ホンモノは時間がかかる。
明日から一扇磨の山に入る。
祈享の一扇磨とは違う方向の一扇磨で、やはり歩いて3時間くらい森の奥へ入る。
一扇磨の分岐点
前回はここから左へ入ったから、今回は右へ入る。一扇磨から弯弓の方向へ向かうことになる。

ひとりごと:
いい仕事をするぞ。

易武荒野青餅2014年・秋天 その4.

製造 : 2014年10月28日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山老街野放古茶樹
茶廠 : 易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納―上海
茶水 : 昆明のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの片口と茶碗
チェンマイのヨガの教室
チェンマイのヨガの教室
チェンマイのヨガの教室
チェンマイのお寺
チェンマのお寺

お茶の感想:
ヨガを習い始めて14ヶ月めになるが、まだ前屈が苦手。もともと身体が硬い。
ヨガの目的からすると、硬いか柔らかいかは問題じゃない。前屈の効果をしっかり感じることができたら、足の先まで手が届かなくてもよいし、他の生徒のようにキレイに曲がらなくてもよい。
ところが、そうはわかっていても自分の身体が嘘をつく。あたかも前屈ができているように見せかける。手がつま先を捕まえて、太腿の裏のスジが痛いくらいにひっぱられて、膝もしっかり伸びて、自分もちょっと柔らかくなったと満足する。
「身体が嘘をつくのに気をつけましょう。」
チェンマイのヨガ教室の先生が英語でそんなことを言ってドキッとする。
禅と茶は同じ
自分の場合、お尻を地面につけて前にかがむ前屈では、だいたい両膝が外側に逃げてガニ股っぽくなる。内腿を寄せて、膝頭を互いに近づけて、親指と親指をくっつけると、内腿からお尻へ通るスジが背骨を下からまっすぐにひっぱって、前に伸びていた手が5センチほど後ろに戻される。
このままゆっくり吐く息・吸う息をつづけて感覚を味わう。すると、どうやらさっきよりも血の巡りがよくて、気の流れまで良くて、心地よく感じる。
前屈の目的がなんとなくわかってくる。
カタチばかりの前屈ができてもダメなのだ。それは本来の目的ではないから。
カタチばかりのお茶づくり。カタチばかりのお茶淹れ。カタチばかりの食品、作品、商品、サービス、研究、健康、教育、信仰、・・・カタチばかりになって本来の目的を見失いそうな罠があらゆるところにある。
自分の嘘に気づかないまま、人生までもカタチばかりにしないよう気をつけましょう。
今日はこのお茶。
『易武荒野青餅2014年・秋天』(卸売部に出品していた)
易武荒野青餅2014年・秋
易武荒野青餅2014年・秋天
茶席
(チェンマイで買ってきた藍染めの丸い布を丸い籐の机の下に敷いた。)
秋のお茶は時間を掛けて抽出する。
片口淹れは湯が冷めやすいので、器をしっかり温めておいて、熱い湯をたっぷり注ぐ。なので大きめの片口がよい。
易武荒野青餅2014年・秋天
茶葉が開くまでゆっくり待ちたいけれど、途中で温度が下がってくるので、もう一度熱い湯を足す。
易武荒野青餅2014年・秋天
滋味深い秋の味わい。
スーッと抵抗なくお腹の底へと沈んでゆく。身体じゅうのチカラが抜けて重くなる。眠くなる。
香気や茶気の上昇するチカラの強い春のお茶では、かえってそれが邪魔をして、底へ沈む滋味深さを味わいにくいだろう。
茶葉の春と秋の体質が異なるように、人間も春と秋では体質が異なる。日々の身体のコンディションに合わせて春と秋を選べたら、旬のお茶には意味がある。
易武荒野青餅2014年・秋天
易武荒野青餅2014年・秋天

ひとりごと:
西双版納に戻ってきた。
今回はラオス経由のバスではなく飛行機にした。
チェンマイの雲
(チェンマイの雲)
タイのチェンマイからは直行便が無いので、雲南省の省都である昆明まで北に1時間ちょっと飛んで、そこからまた南へ1時間弱戻って、西双版納に着く。
この移動の間ずっと飛行機の窓から厚い雲を見ていた。
一夜明けた10月10日も雨。このタイミングで長い雨が降ると、秋の旬は遅くなる。ということは、昨年に続いて今年もまた旬の期間が短くなるだろう。
ダイ族の串焼き
苦胆スープの米の麺
ところで、
ダイ族系の料理はチェンマイと西双版納で共通するものがあるが(西双版納はチェンマイの人たちの故郷だから)、西双版納のほうが格段に美味しい。食材に差がある。
チェンマイには「オーガニック」を謳った食材が多くて、西双版納にはなにも言ってなくて、だからオーガニックかどうかは自分で確認しなければならないが、おそらく西双版納のほうがそのレベルが高いと思う。
チェンマイのオーガニックは会社の製品が多くて、西双版納のオーガニックは個人(おじいちゃんおばあちゃん)の副産物が多い。その違いかと思う。この数年は西双版納の農業も会社の進出が加速しているので、この差の埋まるのは時間の問題だろう。
会社の仕組みはオーガニック本来の目的を忘れやすいのか、それとも別のところに本来の目的があるのか、カタチばかりになりやすいのかもしれない。

易武単樹青餅2014年・秋天 その4.

製造 : 2014年04月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山老街古茶樹の単樹
茶廠 : 易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 紙包密封
茶水 : タイ・チェンマイの水道の濾過・瓶入れ
茶器 : 白磁の蓋碗小
アンティークショップ
ラオスの織物
タイシルク
タイシルク
タイの織物カレン族

お茶の感想:
タイに来ている。
北部のチェンマイとチェンコーンと、なじみの場所をうろうろして、ヨガしたり、お茶したり、酒盛りしたり、読書したり、昼寝したり。
今回のメインは、タイ・ラオス・ミャンマー・ベトナム・雲南のつながった山岳地帯の少数民族のアンティークの織物とアクセサリー素材の調達。
アンティークと言ってもせいぜい10年前から数十年前のものだが、近年になってこれらの「美」が失われゆくのを目の当たりにしているので、ちょっと急いでいる。
2004年にプーアール茶の老茶(1980年代以前の)を集めた時と同じような状況になっている。
自然素材。色合いや模様のデザイン。織り縫いの手の仕事。
こういうのを受け継ぐのが難しくなったのは、山の人々の生活の変化に原因がある。山奥の村に電線が引かれて、家でテレビを見て、携帯電話を操り、バイクやクルマを買ったり、山では大事な労働力の子どもを都会の大学に行かせたり。経済社会への参加がはじまり、移住の生活から定住の生活へと変化する。山は地球のもの、みんなのものだったのが、区画整理されて、誰かのものであるとする所有の概念が植え付けられる。
電気による明かりの無いところで育った山の人々の眼がとらえた光や色彩。美しいと感じるデザイン。霊感の働く天然のアーティストたちによる仕事が年々消えてゆく。
テレビを見て育った山の人々はその感性を失っている。本人たちは気付いていないようだが、現在市場で売られている手作りの品々には化学繊維や化学染料の使わたのが多くなり、色彩や模様に昔のような落ちついた趣は無い。たとえ自然素材が使われていても、手の仕事に緻密さが無い。
時間をかけて手間をかけてモノをつくることに込められたなんらかの意味を失い、土産物をつくって収入を得るためだけのモノになりつつある。
ラオスの織物布団
ラオスの織物帯
タイの織物
タイシルク
タイシルク
ミャンマー織物
ミャンマーの織物
昔の人の感覚の色合いや模様。素材の質感。これらには我々がまだ認識できていない言語が記録されていると考えている。山の霊や宇宙の意志と交信する言葉。
お茶と同じで、頭では理解できないかもしれないが、身体の内側にある自然がなにかを感じ取り、勝手に交信するはずだと思っている。
そして、都市生活をする近代の人々にはこれがないと生きてゆけないと、大げさに言えばそう思っている。近代化が進んだ大都市ほど美術館や博物館が充実しているのは、そういうことではないだろうか。
いずれは売るつもりだが、しばらくは当店のお茶の試飲会をするときにお披露目しようと思う。産地の民族の文化として共通するなにかが、お茶とともに伝わるだろう。
言葉でなにかを伝えるよりも、見たり触ったりしてもらう。
知ってもらうよりも、感じてもらう。
ところで、
チェンマイで小さな静かな隠れ家のような茶館を見つけた。
そこを借りてお客様と交流した。
そのときのお茶。
+【易武単樹青餅2014年・秋天】
易武単樹青餅2014年・秋天
易武単樹青餅2014年・秋天
易武単樹青餅2014年・秋天
茶気の穏やかな秋のお茶。
心が浮き上がるような春に対して、沈んで心地よく眠りたくなるような秋の生茶。
茶館のオーナーの女性に、
「チェンマイにはお茶の愛好家は何人くらいいるのですか?」
つまり、上質なお茶にお金を掛ける人はいるのですか?
僕が定期的にここに来て、お茶を販売するほどの需要はあるでしょうか?
と、そんな意味での質問だったが、
「3人か4人かな。」
と即答された・・・。
チェンマイは美術館や博物館が充実するほどの都市ではないのだ。人々はのんびり豊かに生活しているから、お金がないかわりに、お茶にとくべつなものを求めなくても生きていけるのだ。
チェンマイ雨バナナの葉
お寺の仏様
チェンマイのカフェ
お寺の門の彫刻
手作り石鹸
チェンマイの雨
夜の市場
チェンマイの川
チェンマイの夜
The North GateのJAZZよかった。

ひとりごと:
チェンコーンでは、
やっぱり川を見ている。
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
メコン川
小鳥

易武単樹青餅2014年・秋天 その3.

製造 : 2014年04月12日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山老街古茶樹の単樹
茶廠 : 易武山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 西双版納 紙包密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの片口と湯飲み
真鍮のヤカン
易武単樹青餅2014年・秋天プーアル茶
易武単樹青餅2014年・秋天プーアル茶

お茶の感想:
臨時通販を終えて本格的に長期休業になる。
売れ残った茶葉が上海に100キロほど。
上海の事務所を閉じるので西双版納に送り返して、長期保存の梱包をして、9月のはじめにはフリーになる。
秋の旬はまだ先。
今は、なにもしなくてもよいし、なにをしてもよい。
お茶づくりで解決したい問題。収入の問題。死ぬまでにしておきたいこと。
これからのことについて考えなければならない時が、何年かに一度の周期でやって来る。わくわくするのとちょっと不安なのと、高ぶる気持ちで夜が更けてゆくのは旅と同じで、人生を意識できる。
まだ親に本を読んでもらっていた幼い頃、「冒険と探検」という絵本が好きだった。冒険者は雪山とかジャングルとか無人島とか砂漠とか、わざわざ遠いところへ行っては危ない目にあって、財宝とか未知の生物とか異民族と出会う。言ってみればそれだけのことだけれど、幼い心はシビレたのだった。
5歳になった上海の坊にこの話をしてみたら、
「その川には人喰いワニがいるから気をつけろ!」
と、やっぱり冒険者の気分になっていた。男の子はみんな冒険者になりたいのだ。
叔叔は今もなりたい。
ただ、子供の頃と違うのは、もっと静かで私的な冒険が楽しめること。他人を感心させたりビックリさせたりしなくてもよい。
例えば、お茶づくりの「揉捻」の工程のほどよい頃合いを昔の人の感覚でわかってみたいとか。他人にはぜんぜん冒険に見えないけれど、しかしこのテーマに辿り着いた自分の道のりを振り返ってみると、ずいぶん遠くへ来たと思えて、もっと遠いその先にワクワクできる。
易武単樹青餅2014年・秋天プーアル茶
ヨガの呼吸がなんとなくわかってきたから、茶葉の呼吸がわかるかもしれない。
旬の季節が待ち遠しい。
近視眼的にのめり込みやすいタイプなので、時間のある今こそ、もっと大きなところを見ておいたほうがよいかもしれない。どこか別の土地で生活してみるとか、稼ぎ方を変えてみるとか、なにか新しい分野の勉強をしてみるとか。
どんな生き方をするかで、どんなお茶ができるかが決まる。
良いも悪いもない等身大の姿がそこに現れる。
昔の人の生き方が今日のお茶のカタチをつくってきた。現在の中国茶は明代から清代にかけて完成されたものが多いが、生茶のプーアール茶もそうだ。東洋と西洋の海の交易ルートが開けて栄えた時代。その時代に生きた産地の人たち、交易の人たち、都市の人たち。お茶に関わった人たちの生き方が今日のお茶をつくってきた。
ならば、今の僕らの生き方が明日のお茶のカタチをつくるだろう。
「もっと遠く!もっと広く!」
開高健の釣り紀行のタイトルにこんなのがあったが、そんな気持ちでゆきたい。
今日はこのお茶。
+【易武単樹青餅2014年・秋天】
易武単樹青餅2014年・秋天プーアル茶
易武単樹青餅2014年・秋天プーアル茶
今日から集中的に秋摘みのお茶を飲むことにする。
秋の空気。
秋の身体。
秋の茶葉。
秋のものを食べる。
秋の山を歩く。
秋の茶葉に触れる。
秋をどう理解してよいのかわからなかったが、今はわかる。
栗

ひとりごと:
マルちゃんの器の手入れは、洗うだけではいけない。
再度熱い湯を注いで、しばらくしてから捨てて、その熱で器の温度を上げて水を蒸発させる。陶器の荒い肌の細かな隙間という隙間に入り込んだ水を熱で追い出す。こうしないと長時間乾かないので、細菌が発生してニオイの原因となったりする。
面倒だよな。
でも、この作業があることでマルちゃんの器に触れる機会が多くなる。付き合う時間が長くなる。手入れがカンタンであってはつまらないのだ。
カンタン・ベンリを求めたものほどあんがい安モノなのは、モノとの関係が軽薄になるからだろう。
マルちゃんの茶碗
マルちゃんの茶碗
マルちゃんの茶碗
マルちゃんの茶碗
そう言えばカンタンなお茶にも上質はないよな。
カンタンに入手できる。カンタンに淹れられる。カンタンに捨てられる。
その程度の関係でしかない。

紅河秋天晒青茶2014年 その2.

製造 : 2014年10月
茶葉 : 雲南省紅河州古茶樹
茶廠 : 哈尼族(ハニ族)の農家+漫撒山工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの片口
紅河秋天晒青茶2014年プーアル茶

お茶の感想:
片口淹れのお茶。
とくに散茶の生茶は、もうこれがいちばんと思える。
マルちゃんの片口
こう言ってはなんだが、この片口はマルちゃんの、しかもこのタイプの土で、この焼きしめ具合でないといけないような気がする。また、大きさも関係している。手触りの心地よさや、手に収まり具合の良さも、静かな魅力である。
他の作家さんの他のタイプの土と焼しめ具合のでは、もうまったく違う結果になるだろう。たとえマルちゃんが似たようなのをつくっても、なにかちょっと違うと思えるだろう。
真鍮のヤカン。
真鍮のヤカン
真鍮のヤカン
京都の職人さんのだが、「もうあんまり作らない」とお店の人が言う。骨董で探すしかなくなるのかな・・・。
毎日何度も湯を沸かしているので、使い始めて1ヶ月で燻し色がかかってきた。
全体的に厚みがあるが、外側と内側とを指で触って確かめると、底面のほうがやや厚くなるように作られている。
電熱器の大きさがちょうどこのヤカンの直径にピッタリで熱効率も良いと思う。電熱の温度ダイアルの調整のコツが分かってきて、ヤカンの中の湯を静かに沸騰させられる。
このヤカンで沸かす湯は水質がキメ細かでツヤツヤする。飲むと甘い。お茶はまろやかになるが、輪郭をボヤケさせることなくキリッとしている。京都の中国喫茶で使う陶器のヤカンとはまた違う味わいがある。
ふじもと店長のお茶。
プーアール茶
例えば、易武山一帯の旬の古茶樹であること、茶樹の選び方、製茶の調整、そんなのも大事だが、それだけではない魅力がある。
というふうになりたいな・・・。
ま、とにかく魅力の宿るところを理屈で説明するのは難しい。
そこには応用のきかない個別の理由があるからだろう。
今日はこのお茶。
【紅河秋天晒青茶2014年】
以前ちょっと気になっていた紅河州のお茶。
香りは甘くて爽やか。
味は滋味豊かな余韻も良い。
最近よく言う自然に育ったお茶の味の観点「消えの早さ」についてもなかなか良い。
喉の通りはスムーズで、ここにも茶の育ちの良さが伺える。
紅河秋天晒青茶2014年プーアル茶
紅河秋天晒青茶2014年プーアル茶
理屈で説明できる良さは満たしても、でも、なにか魅力に欠ける。
どこがどうと説明できない。
比較的安くて買いやすいので、販売したら試してみるお客様は多いだろう。
紅河秋天晒青茶2014年プーアル茶
「美味しいですね。」
と、満足の評価をいただくだろう。
けれど、リピート購入はされないだろう。
これまでの経験で、そのくらいのことはわかる。
お茶の魅力。お客様もまた理屈でお茶を選んではいない。なにがしかの個別の魅力を見つけている。「もうこのお茶でないと飲みたくない」と思えるかどうか、そこがリピート購入されるかどうかの分岐点。
マルちゃんの片口や真鍮のヤカンは、これからずっと使い続けるだろう。
「もうこの道具でないと散茶の生茶は淹れたくない」
そんなくらいの愛着があるから。
「もうこのお茶でないと飲みたくない」
店を潰さないで済むなら、そういうお茶だけを出品したいなあ。

ひとりごと:
竹皮包み完了。
版納古樹熟餅2010年
+【版納古樹熟餅2010年】
2004年以降の現代熟茶の最高峰である。
(他人にそう評価される前に自分が言う。)
このお茶のもともとの竹皮がしょぼいので、1筒7枚組の注文があった時に新しく包み直している。
今回は、いつもの漫撒山の工房が竹皮の素材を切らしていた。冬の乾季に採集されたものでないといけないから、雨季の終りに近い今は素材が品薄になる。
漫撒山の腕の良い職人が、
「弟分が景洪市の小さな茶廠でやっているから・・・」
と紹介してくれたので、早速行ってきた。
竹皮(正確には筍の皮)を濡らして柔らかくしてから餅茶を包む。
このため水分がある。空気中の水は暖かいところから冷たいところへ流れる。空気を伝って茶葉の中にも浸透するだろう。ここでちょっとだけ熟成がすすむ。
天日干しによる遠赤外線はグッと内側から温度を上げる。これによって外気と茶葉の温度差ができて、陰干しするときにやや熱のある餅茶が内側の水分を吐き出しやすくなる。
版納古樹熟餅2010年
機械乾燥では、はじめは外側が暖かい空気で、餅茶の内側が冷たい空気になり、この温度差により水分が餅茶の内側へ入り込みやすくなる。水分を溜めたままじわじわ温度が上がる。乾燥室の餅茶に独特のモヤっとした香りがあるのはそのせいだと思う。
餅茶を乾燥させる工程も同じで、やはり天日干しが良いのだ。


茶想

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