プーアール茶.com

瑶洞古樹青茶2015年 その1.

製造 : 2015年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山瑶洞古茶樹春茶
茶廠 : 農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : 京都・陶器の壺
茶水 : 京都の地下水
茶器 : 宜興紅泥の茶壺+鉄瓶+炭火

お茶の感想:
このお茶は一般的には刮風寨のお茶として販売される。
+【瑶洞古樹散茶2015年 その1.】
この散茶を餅茶にしたのが今日の『瑶洞古樹青茶2015年』(卸売部)。
瑶洞古樹青茶2015年
つまりニセ刮風寨のお茶である。
これもそう。
+【瑶郷古樹青餅2014年】
刮風寨から山ひとつ超えたラオスに茶地がある。
これらのお茶はニセ刮風寨になったほうがたくさん需要があって、よく売れて、安く買えて、みんなが幸せになれる。美味しさで比べても価格差ほどはない。
今年の春、ホンモノの刮風寨の古茶樹のお茶づくりをした。
ここに来るまで9年。念願の夢がかなったのだが、もっと早くに夢を叶えたらニセ刮風寨を売っていたかもしれない。
ニセとは自分も知らず、お客様も知らず、もっと安くもっと大量に販売して、多くの人に喜ばれた。
瑶洞古樹青茶2015年
ホンモノを追求する仕事に合理的な理由はない。
自己満足はできても他人を幸せにできない。
みんなに喜ばれる仕事をするほうが、喜ばれない仕事をするよりも幸せになれる。
それが商品の限界かもしれない。
あらゆる商品にウソがたくさん混じるのは、ウソを排除するのが目的ではないからだろう。
今年の春に刮風寨の古茶樹のお茶をつくって飲む以前から、実はもう何年も前から、美味しさの差はあまりないことを知っている。
それでもホンモノをつくりたかったのはなぜか自分でもよくわからない。
鉄瓶
たぶん、その過程が面白いから。
地理的な環境や人の行動を勉強するのに9年かかったということは、9年も楽しんだということ。
世界中のいろんな地域のいろんな人々の生き方を見たい。仕事を見たい。誰にもそんな興味はある。
中国は交易の歴史が古いから、貿易で栄えた古い都市にはいろんな言葉や文化や宗教の人が入り混じって生活していて、泥棒が多い。地理的な環境が地域の経済や政治や人々の生活習慣にまで影響をあたえて、なるべくしてそうなっている。
かつては世界中が羨む産品が中国にたくさんあったから、利にさとい商人たちが研究を重ねて偽物や粗悪品は巧妙かつ冷静で、さらに西洋と東洋が混じった大航海時代にイギリス東インド会社が風で動く船を往復させて、ロンドンの港に2年かかって船が戻ってきたときには、積荷のうちの2割以下の茶葉が8割以上の儲けになったというから、茶葉におけるあの手この手はとくに成熟している。
瑶洞古樹青茶2015年
西双版納の現地で行われるあの手この手の情報は外には出ない。山の民族や農家や仲介業者たちとの交流から学ぶしかない。何度か騙されてみるしかない。
こういう勉強を日本人は嫌う傾向にある。
幼い頃から他人を疑うことに後ろめたい感情を持つように教育されているから、他人を疑うのが気分悪い。
「いい人だから」、「長い付き合いだから」。
取引相手が信頼できるので良い茶葉を仕入れることができると主張するケースが多いが、たいがい知らないところでやられている。勤勉を美徳とするのは日本人の勝手で、逆の価値観においては年々仕事の手を抜いてゆくのがあたりまえで、付き合いの長いことが良いとも限らない。
やられていても気が付かないし、バレないから罪にならない。
瑶洞古樹青茶2015年
例えば、この『瑶洞古樹青茶2015年』を「刮風寨のものじゃない!」と鑑定できる人などほとんどいない。自分の知る範囲でもひとりかふたりしかいない。
現地の商人はこのことを利用して、大量にニセ有名茶山モノのお茶をつくって売る。市場価格よりも安く出荷するからたくさん売れて、ホンモノよりも利幅は大きいからたくさん儲かる。
みんなが幸せになれてどこが悪い?
中国の常識では、他人を疑うことに感情は要らない。
騙すよりも騙されるほうが悪いという考え方は、勉強不足を戒めているのであって、堕落ではないと思う。
茶葉はウソをつかないから気持ちよく勉強できるけれど、人はウソを付くから気持ち悪い。
しかし、人の勉強を避けてうまく生きてゆこうなんて都合が良すぎるだろ。そんな消極的な姿勢でいながら世の中が良くなるのを願うなんてわがまますぎる。
と、思うけどな。
葉底
刮風寨と言わないで知名度のないまま出品したこのお茶は、どうなのだろ?
茶葉からしたら有名も無名も知ったこっちゃないから、刮風寨として出品されたほうが飲む人にも喜ばれてよかったのではないか?自分は商人として未熟すぎるのではないか?
自分も他人も幸せにしないで、どこが良いのか?

ひとりごと:
刮風寨の古茶樹のお茶の”黄印”と”緑印”は、一般的な刮風寨の古茶樹のお茶の3倍の価格をつけるつもりでいる。
それでも喜んで買う人がいる。
それは、西双版納の現地の茶商やメーカーのオーナーたち。
彼らの手元にはホンモノがない。
中には真面目な人がいて、ニセモノを扱っているけれどホンモノも知っていることを証明しようとする。自分にもホンモノがつくれることを匂わせたいのだ。
彼らはホンモノの難しさを知っている。
その足元を見ている。
10年ほど寝かせておいて、ホンモノの希少価値がもっと上がってから10倍以上の価格で売ってやってもよい。
高く売りながら顧客満足度を最大化させるのは、商売の姿勢として正しいはずだ。

一扇磨単樹B春の散茶2015年 その4.

製造 : 2015年03月20日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺+鉄瓶
龍眼の木の炭
炭の火

お茶の感想:
龍眼の木の炭をもらった。
前回使った核桃炭とはちょっと性質が異なる。火力がある。焼肉とか焼き魚に使うようなタイプで、カンタンに言えばちょっと安モノなのだな。ニオイもちょっとある。炭にまんべんなく熱がまわって白くなってくると火力が安定してニオイもなくなるが、室内には向いていない。
西双版納は気温26度なので、窓を全開にして炭を使う。
天気悪い
そろそろ雨季の終わる頃だが、まだ天気の悪い日が多い。
茶葉の整理をしていたらこのお茶が残りわずかだったので飲み切ることにした。
『一扇磨単樹B春の散茶2015年』(卸売部)
単樹Aのほうが上等だったが、今から見るとBのほうもなかなか。
炭で炙る
単樹B
茶葉の温度を少し上げて水分を逃がす。
焙煎ほどではない、ただの乾燥。
こうすると香りが立つ。茶壺の中に入れて茶葉を蒸らしてから湯を注ぐのだから茶葉はまた水分を取り込むのだが、香りは違う。
銅の溶けたもの
茶針の枕にしているのはタイの骨董屋さんで見つけた銅の溶けたもの。
骨董屋さんの言うには、仏像の台座の部分らしい。
お茶セット
チェコ土の茶壺
鉄瓶
お湯を注ぐ
茶を注ぐ
葉底
沸き立ての湯は96.5度くらい。景洪市は海抜560メートルくらいなので100度にはならない。
生茶は茶葉を煮やすと渋味・辛味など嫌な味が出やすいが、鉄瓶+炭火の組み合わせは煮え味が出にくい。
かといってちょっと冷ました90度以下の湯で淹れるとキリッとしない。
沸き立てのグツグツの湯なのに穏やかな熱の響き。
また耐泡がよい。7煎を超えたくらいの味がしっかりしている。
白い炭
炭炉の上蓋
鉄瓶1リットル弱の水でお茶を飲みきるのにちょうど良い炭の量がわかってきた。
炭炉には上蓋があるので、この予熱で鉄瓶を乾かして、茶器も乾かせる。

ひとりごと:
雲南の陶器に詳しい茶商友達がサンプルを持ってきた。プーアール市の土らしい。
茶壺
煮水
茶葉乾燥
雲南省は山ばかりでいろんな地層があって、茶器に適したのもたくさんある。
これから探ってゆこうと思う。

弯弓単樹B春の散茶2015年 その2.

製造 : 2015年04月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)弯弓
茶廠 : 曼撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 京都の地下水
茶器 : チェコ土の小さな茶壺
弯弓単樹B
弯弓単樹B

お茶の感想:
『弯弓単樹B春の散茶2015年』(卸売部)は、
過去の記事で品種の特性のことを話している。
現在、熟成2年目になろうとしているが、ようやく姿を現しはじめた味がある。
濃いめに淹れたのを口に含むと、渋味・苦味が溶けながら香りに変わってゆく。
甘い香りにつられて唾液が出るが、舌はそれほどの甘さを見つけられない。ちょっとしたトリックが生じて、あれ?となるところが面白い。
消えの早い渋味・苦味の正体が、香りの元になる成分であることが感じられる。
チェコ土の小さな茶壺
お茶を淹れる過程で水と熱に化学反応する成分の中には、香りの成分もある。香りの成分が鼻に届いてようやく薫るのだが、それまでにちょっとしたタイムラグがあるので、茶壺や茶杯からはそれほど薫らなかったのに、口の中で薫りだす。
外からは薫らないで内から薫る。内香(nei xiang)と呼ぶ。
口の中では唾液もこの化学反応に関わっているはず。舌の上で苦いと感じた成分が唾液に溶けて香りとなる。
内香が上等。
西双版納の旧六大茶山の漫撒山は、茶葉の大きく育つ原生種に内香がある。
同じ旧六大茶山でも、倚邦山や革登山の小葉種(明朝1600年代後半に西双版納へ逆輸入された品種かもしれない)の古樹は、香りがはっきりしているので内香とは言えない。
太陽光をたくさん浴びる茶葉に内香は少ない。森の中の日陰の茶葉に多い。さらに、森の緑の密集した湿度も内香の成分構成に関係していると思われる。
茶樹の健康と森の健康と、それを飲む人の健康と、みんなつながっている。
弯弓単樹B春の散茶2015年
昔の人は、お茶の香りからなんらかの薬効成分を聞き分けていたようだが、香りの感じ方から今日の身体のコンディションを診ることもできただろう。唾液の酵素反応が香りを変化させる。鼻の感度が体調によって異なる。
茶酔いの体感にも様々なパターンがある。
漫撒山の内香のお茶はおっとりした茶酔いで長い余韻が続く。背中の筋がゆるんで、お腹の底のあたりがぼんやり温かい。全体的には涼しくて、一気に上気して汗が噴き出るようなことにはならない。かすかに、息をするごとに頭が横に流れるような目眩を感じる。なんとなく眠たくて、パチっと目の冴えるような覚醒の酔いではない。しかし、体調が傾いているときにはまた違った反応が出るだろう。
自然現象を観察する。
外にも内にも、いろんなサインが出ている。
そう言えば、高級茶と価格の関係について、チェコの茶商はこんなことを言った。
「美味しいお茶のちょっとの差には、大きな価格差がある。」
美味しさを追いかけるあまり、やたら高いお茶を売ることにならないよう心掛けているらしい。
チェコでダージリンの試飲
ちょうどダージリンのサンプルを試飲しているときだった。
生理的欲求を満足させるという観点からしたら、たしかにそうだろう。
しかし、中国の高級茶は美味しさだけに価値がついているのではない。上に紹介したような、自然環境の健康がお茶の味に現れているもの。自然を尊重する農法、樹齢数百年のような茶樹の特殊な育ち、人の手垢のつかない製茶方法、それと味や体感との関係。茶葉に宿る確かな情報にも価値が付いている。
自然の教科書なのだ。体験できる教科書。
ちょっとの差に現れている大きな差を見つけられたほうが価値がある。
葉底

ひとりごと:
コストパフォーマンスの良いお茶は、美味しさだけに注目することで見えてくる価値だな。

温州人の易武古樹熟茶 その1.

采茶 : 2015年10月
加工 : 2016年10月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県易武山落水洞+老曼娥古樹
茶廠 : 農家+温州人
工程 : 熟茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : チェコ土の茶壺
温州人の易武古樹熟茶

お茶の感想:
自分よりも一歩先に熟茶の小堆発酵に挑戦している温州人が、サンプルを持って西版版納に帰ってきた。
小堆発酵のミャンマーでの様子はこの記事で紹介した。
+【版納古樹熟餅2010年 その32.】
金の価格が高いので、ミヤンマーの金鉱は忙しいらしい。5日間ほど西双版納に滞在してからすぐにミャンマーに戻る。1月27日からの旧正月は、仕方がないので温州の家族全員をミャンマーに連れてゆくらしい。
古いタイプの仕事だけれど、生き方はベンチャーだよな。
金を掘るというと、チャップリンの映画『黄金狂時代』を思い浮かべる。
ツルハシひとつでアラスカの金鉱を掘り当てて大富豪になる話。でもそれは100年も昔のこと。現代の金掘りは、掘り出した土の中から金や希少金属をいかに分類して抽出するかに技術の要がある。
そこに微生物や酵素が活躍している。
ちょっと聞いただけでは理解できないけれど、土となって混在する様々な成分を分解したり結合したりして、目的の物質だけを取り出すのに有効な、ある種の微生物や酵素を特定できているということになる。
なので温州人は微生物に詳しい。
熟茶の渥堆発酵における仕組みをおおむね理解している。
はじめての小堆発酵で失敗しないのは、その知識が役立っている。
温州人の易武古樹熟茶茶葉アップ
黒く変色した茶葉の色からして、自分の小堆発酵とは異なる。
しかも、最後の加水を11日目に終了したというから、かなり短期間である。
黒くなりすぎたのは意図したものではない。
11日目の加水の量が多すぎて、茶葉が高温になりすぎて、このままでは腐らせてしまうので、茶葉を大きな板の上で薄く広げて温度を下げて、2週間ほどかけてゆっくり乾燥させたらしい。
この結果からいろいろ学ぶところがある。
温州人の易武古樹熟茶泡茶1
このお茶はとても美味しく仕上がっている。
黒い色は茶葉が酸化しすぎた色であるが、しかし、劣化につながる嫌な味を感じさせない。体感も穏やかで、お腹いっぱいになるまで飲んでも酔わない。
温州人の易武古樹熟茶泡茶2
専売公社時代の昆明第一茶廠のお茶に似たのがあった。
+【7581雷射磚茶プーアル茶88年】
このお茶の葉も黒い。
乾燥した茶葉に太陽に焦げた車のタイヤのような臭いがかすかにあるが、そこが似ている。
このタイプのはミルクティーにしたら悶絶するほど美味しい。
長期熟成すると7581のようなシナモンの香りのスパイスが出てくるかもしれないが、現在は淡々としてまっすぐな感じ。
泡茶3
自分の小堆発酵のを比べて飲むと、発酵がまだ足りないゆえに味が濃くて、土っぽい雑味にさえ感じるくらい、それほど温州人の熟茶には透明感がある。
種麹は同じ『版納古樹熟餅2010年』を培養したものだが、温州人の熟茶のほうがこのお茶に近い。
自分のはまだちょっと遠い感じだ。研究が足りないな。
なにが違うのか?
ミャンマーでの小堆発酵の様子を聞いてすぐにわかったのは、通気の違い。
通気が良いのだ。
いくつか原因がある。
まず、茶葉が違う。
秋の散茶を原料にしているので、茶葉の繊維がやや硬くて弾力があり、小堆塊の中に小さな空間をつくりやすい。
袋の素材が違う。
麻の荒く編んだ布で茶葉を囲っている。実はこの同じ麻の布袋を入手したが、石油臭くて、2度洗っても臭いが取れないので断念した。何度も洗わないといけないらしいが、その前にガーゼ生地の布袋を見つけて、そっちを使っている。ガーゼの通気はよいが、麻のようなゴワゴワした質感はない。ゴワゴワが小さな空間をつくっているのかもしれない。
囲い方が違う。
自分の小堆発酵は布袋にまとめて袋の口を封じている。温州人のは袋の口を閉じずに開けたまま。竹籠ごと木箱に囲っている。空気に触れやすい。
通気が良いと、水の許容量が多くなる。蒸発が早いので、結果的に水を多く掛けることになるが、茶葉の内部では新しい空気の入るチャンスも多くなる。
そして熱も逃げやすい。
加水後は65度の高温を記録したこともあったらしいが、平均的な温度はもしかしたら自分のよりも低いかもしれない。
自分のは加水の量は少なめだが、水が逃げにくいので発熱が持続しやすい。そのうえ電気カーペットで24時間加熱している。
温州人の小堆発酵は、温かい季節の10月に行われたので、室内は26度はあったらしいが、あくまで常温であるから、明け方の寒い時間帯や、太陽が出ない雨の日(10月はまだ雨季で雨の日が多い)などは、やはり肌寒いくらいに冷えていただろと思う。
この結果を参考にして、自分の小堆発酵ももっと通気を意識することにした。
そして低温ぎみに管理する。
低温といっても、水の多い中心部は50度に達することがあるだろうし、外側は26度よりも下がらないように調整する。
加水の量を減らすことになると思う。
餅茶を崩した茶葉は隙間が小さくて、弾力も弱いので、水が多いとその隙間を埋めてしまう。
この状態で酵母などが活発になると、二酸化炭素を吐き出して充満して窒息する。
好気性の良性の菌類が活動しないと、悪性の菌類がはびこる原因となる。
葉底
水を少なめにすると、変化に時間がかかるかもしれないが、1ヶ月かかるところが3ヶ月になろうが1年になろうが、美味しくなるならそのほうがよい。
もしも1年以上かかったら、生茶の老茶に近くなるかもしれない。

ひとりごと:
酸醤米綫。
西双版納のダイ族の名物。
米の麺、ビーフンが発酵させてある。普通の米綫よりも旨味がある。米にしては弾力があり、ツルッとした触感。
具沢山で9元。毎日食べたいくらい美味しい。
自転車で米綫
蒸した米を天日干し1
蒸した米を天日干しアップ1
蒸した米アップ2
酸醤米綫
路地裏の有名店
麹づくりのための蒸した米が外に干してあるが、これをどう使って米綫を発酵させるのかは知らない。
天日干ししているということは、太陽光線に強い種類の麹かもしれない。
(追記:酵母だったかな?)
微生物は太陽光線に弱いのがほとんどなので、天日干しによって特定の麹だけ選んで培養することに成功している。
蒸した米を外に干すだけでそれができるのだから、西双版納の空気中にはこの種の麹がいっぱい飛び散っていて、西双版納の気候はこの発酵に適しているということである。

漫撒風道青餅2015年 その5.

製造 : 2015年3月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)丁家老寨古茶樹
茶廠 : 漫撒山工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶180gサイズ
保存 : 西双版納
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗+マルちゃんの茶壺
漫撒風道青餅2015年

お茶の感想:
180gサイズの餅茶。
なぜか1枚だけ残してあったので再出品。
+【漫撒風道青餅2015年】売り切れ
山の谷風の吹く道の涼しさが、お茶の苦味になって現れている。
ピリッとした辛味が舌に残る。
漫撒風道青餅2015年
漫撒風道青餅2015年
漫撒風道青餅2015年
漫撒風道青餅2015年
このお茶も「黄印」の製法で、布の袋に入れて一晩渥堆している。
じっくり抽出するのが美味しいので、途中から茶壺にバトンタッチ。
茶壺は熱湯でしっかり温めておくこと。
蓋碗から茶壺にバトンタッチ
茶壺でじっくり抽出
抽出時間は茶壺の容量や保温力により異なる。この場合はじっくり4分ほど待った。茶壺の蓋のところに指をおいて温度の変化を探り、ピークが過ぎて落ちてきたところで杯に移す。
杯も直前に熱湯で温めておいたほうがよい。
葉底
風に吹かれた茶葉の育ちの違いが葉底の形に現れている。

ひとりごと:
自転車買った。
BOMBTRACKのARISE。
BOMBTRACKのARISE
BOMBTRACKのARISE
漕ぎ味抜群のシングルスピード・フリーギア。
フィックスギアのピストバイクではないので、走りだしてから漕ぐ足を止めても勝手に車輪が回ってくれる。チリチリ鳴るラチェット音が美しい。
BOMBTRACKのARISE
シングルスピードは地面とタイヤの接触するところの反応が足元に敏感に伝わる。この漕ぎ味を一度知ったら変速には戻りたくなくなる。いや、しばらくは戻らない。上り坂は立ち漕ぎ。それでダメなら降りて押すから、もう一台シングルスピードの自転車がほしい。
ARISEのリッジドフォーク
自転車屋さんの言うには、リジッドフォーク(前輪を支えるサスペンションのないフォーク)の作り込みにメーカーの意気込みを感じるらしいが、自分はまだよくわからない。
SRULYのタイヤ
もともとはSURLYのKARATE MONKEYという自転車を探していたのが、どういうわけかBOMBTRACKになったので、タイヤを太い41Cに替えてある。ただ、そうするとタイヤの直径が大きくなって、曲がるときのハンドルの角度が深いと、前足のペダルがいちばん前に来た時につま先を擦る。太いタイヤのカッコよさとクッションの良い乗り心地をとって我慢するか、それとも純正の35Cくらいのに戻すか、ちょっと細い32Cにしてもっと加速力を上げてみるという選択もある。
迷うのがまた楽しい。
BOMBTRACKのARISE
タイヤが大きくなったせいもあって、漕ぎ出しが重いと感じたので、ギアをちょっとだけ低いのに交換してもらったら、スタートダッシュが良くてビュンビュン走れるようになった。その分、高速の伸びはなくなったが、そんなに急いで走ることはない。
ステム交換
BOMBTRACKはドイツのせいかSサイズでもデカイ。ステム(ハンドルを支えるところの接続部品)を純正の10センチから7センチに短くしたが、それでも身長168.5cmの自分にはハンドルが遠く感じる。もっとコンパクトなハンドルに交換してみようかと検討中。
自転車屋さん。
+【空井戸サイクル】

章朗古樹秋天散茶2015年 その2.

製造 : 2015年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 巴達山製茶農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : タイ・チェンマイの飲料水陶器の瓶入
茶器 : マルちゃんの陶器の茶壺と白磁の茶杯
章朗古樹秋天散茶2015年

お茶の感想:
京都で定期的に台湾茶道教室をされているPeruさんのところへこのお茶を持って行った。
+【章朗古樹秋天散茶2015年 その1.】
昨年末のことだったから、ちょうど西双版納の秋茶が終わって、できたてのお茶を飲んでもらうつもりだったと思う。
このお茶は量が少なすぎて非売品だけれど、たとえ量があっても販売するかどうかの判断は難しかった。製茶の仕上がりがスカッとしないからだ。
季節の終わりで茶摘みできた鮮葉の量が少ないために、大きな鉄鍋で炒るときの火加減が強すぎて、ちょっと焦がしている。鮮葉の量をみて薪の火を調整すればよいのに、そんなことお構いなし。布朗族の人たちである。
薪は1年ほどじっくり乾燥させて水分を逃してトロトロ穏やかな火が出るようにすればよいのに、半年もたたないうちに使ってしまうからバチバチの荒れた火になる。
問答無用で売れる仕上がりの良いお茶を販売したい。
販売する側はそう思うのが当たり前だが、しかしそれは販売時に説明が面倒だからというのもある。あるいは全員に説明することは不可能というのもある。当店は通販だから試飲もできない。
もしもお客様に試飲してもらって上のような布朗族の個性も含めて話す機会があるなら、むしろそこに魅力があるのじゃないか?という見方も議論できるだろう。(後に京都・東京にて行った「プーアール茶ドットコム勉強会」ではこのお茶を出している。)
さて、京都の台湾茶道教室の翌日に感想をいただいたところ、「モワンとしている」ということだった。
モワン?
意外な表現に、もしかしたら保存を誤って湿気たのかと思って、すぐに自分で飲んでみたら冬茶の味だった。秋の旬を通り越して冬になっていたのを気付いていなかった。
モワンは、味というよりはウロウロするような茶気の立ち方。そして茶湯のトロンとした舌触り。
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
チェンマイにて、ひとりでじっくり淹れてみても、やはりそんな雰囲気が感じられる。
章朗古樹秋天散茶2015年 焦げ
2煎めくらいまでは杯の底に焦げの粉が沈む。これが苦い。
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
葉底(煎じた後の茶葉)をよく見たら、茶葉のカタチも秋に比べて丸みがある。
茶樹が冬の眠りにつきかけて、茶葉の成長が遅くなって、縦に伸びにくくなるからだ。

ひとりごと:
こういうクセのあるお茶は、茶学でつかうと面白そう。
わざと茶気を立てないようにゆるく淹れてみたりとか。
茶学
この個性を欠点として見るのか、魅力あるように見るのか、淹れる人の眼が問われる。その人の世界観が現れる。

刮風寨茶王樹古樹青餅2015年・秋天

製造 : 2015年10月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)刮風寨
茶廠 : 茶王樹の製茶場
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 餅茶
保存 : プラスチックバッグ密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター 
茶器 : 白磁の蓋碗
瑶族の炙り茶
瑶族の炙り茶
瑶族の炙り茶
瑶族の炙り茶
瑶族の炙り茶

お茶の感想:
「人間とお茶の関係は、クスリとしての利用からはじまって、長い歴史を経てだんだんと味が求められるようになり、実用品から嗜好品へと変化していった。」
お茶の起源にふれた本にはだいたいそんなふうに書かれている。
その説明からは、人間の側の生活なり精神なりの変化があったことが伺える。また、お茶づくりの技術的な進歩も想像できる。
しかし、その逆の理由があったかもしれない。
人間がお茶という植物に近づくにつれ、野生から栽培の植物へと変化するにつれ、クスリとしてのチカラを失っていった。薬草という立場では居られなくなって、飲料という立場に降格した。
野生と栽培の中間にある森のお茶を追いかけるうちに、そんな観点が見えてきた。
(森のお茶については前回の記事を参照。)
森のお茶に求めるのは、味や香りよりも口感・喉感、そして体感。
森の深さ、生態環境の良し悪し、茶樹の健康を証明する長寿、茶摘みによる茶樹の疲労度は、そこに現れる。
この追求においては、瑶族と山に入って休憩中に飲む炙り茶(成長した茶葉を枝ごと折ってきて焚き火の遠火で炙って、茶葉だけちぎってヤカンで軽く煮る。)というカンタンな製茶で十分。口感・喉感・体感の上等を評価することができる。
製茶技術の成熟は必要ないどころか、むしろ邪魔かもしれない。
生茶のプーアール茶の製法が、いまだに技術を凝るのを避ける傾向にあるのは、素材の上等を求める価値観に基いているからだろう。近年は西双版納でも製法を凝った新しいお茶づくりが試されているが(例えば白茶の月光白とか)、そういうのはあまり素材を重視しない傾向にある。
栽培化のすすんだ茶樹ほどクスリとしての価値は下がる。
クスリというと、現代は西洋医薬的な価値観がこの言葉に浸透していて、なんらかの明確な機能を数字で証明しなければならないような印象を持つが、お茶のクスリはそうじゃないと思う。山の霊気をそのまま体内に取り込むような、まさしく霊薬としてのクスリ。別にどこか体に悪いところがなくても飲んでおきたい気がするクスリ。悪いところを治すのではなくて、悪くならないのが漢方における上薬。
霊薬という言葉が胡散臭く聞こえるかもしれないが、それは、みなさんの受けてきた教育に偏りがある為と、ほんとうに霊薬といえるレベルのお茶を飲んだ体験がないからだろうと思う。
山の霊気に身体が反応する。飲めば誰にでも感覚的にわかる。優れた音楽を聞けば、誰にでもそれが優れていることが感覚的にわかるのと似ている。音楽にもまた霊薬に相当するレベルがあるだろう。
刮風寨茶王樹古樹青餅2015年・秋天プーアル茶
森のお茶を狙ってつくる茶商のひとり「老孟」 lao meng(そういうニックネームの人)が、秋のお茶づくりを終えて山から降りてきた。
今日はそのお茶。(この記事の投稿日よりも少し前の11月18日のこと)
『刮風寨茶王樹古樹青餅2015年・秋天』
刮風寨茶王樹古樹青餅2015年・秋天プーアル茶
いったん餅茶に加工したのを崩して飲んだ。
山に10間泊まり込みでたったの7キロ。今年の秋は天候が悪くて、新芽・若葉の成長するタイミングと、晒干が一日でスッキリ仕上がる天候のタイミングと、ピタッと合ったのは2日か3日だったらしい。
刮風寨の「茶王樹」の森のお茶は、前回訪問した「茶坪」の森のお茶に比べると味が若々しい。ちょっと渋味・苦味があるが、その分香りが強い。
秋のお茶にしては耐泡(煎が続く)があって、心地よく飲み続けられたが、やはり水味がある。采茶する前日に雨に振られた味が、製茶後の完全に乾燥した茶葉にもまだ残っている。今年の秋に水味の無いお茶は無い。これは技術では誤魔化せない素材の言葉。山の言葉。地球や太陽が周回する暦の言葉。
もちろん口感と体感は上等で、ずっとこのお茶だけを飲み続けたいと思える。心地よい茶酔いが続いて、茶気の当たりは穏やかで、神経が高ぶって眠れなくなるようなことはない。
やはり森のお茶としての性質を重視して、深い森の半日陰を選んでいるらしい。
刮風寨
刮風寨
老孟は自分よりも歳は若い30半ばだが、森のお茶を狙ってつくることにおいては2年ほど先輩になる。いろいろ知っているので、今年もっとも気になっていたことを聞いてみた。
「なぜ弯弓の森の古茶樹は、今年は美味しいお茶に恵まれなかったのか?」
(弯弓の問題については過去にこの記事を書いている。)
老孟はひとことで答えた。
「摘みすぎでしょう。」
ズバリそうだと思う。人気が出てよく売れるから、瑶族の農家が森の木々を伐採して、茶樹に太陽の光を当てて、収穫を増やしたのだ。結果、摘みすぎになる。
「栽培」に近付いた茶樹から霊気が逃げてゆく。口感・喉感・体感にそれが現れる。
茶樹の疲労が回復するには早くて3年、遅くて5年と思っていたけれど、この文章を書きながら、森の回復には亜熱帯性気候に恵まれているといえども10年はかかる事実に気が付いた。
何百年の長寿を誇る植物である茶樹のタイムスケールからしたら、10年はたいしたことない時間かもしれないが、人間の僕らには長い。さらにこの先10年も弯弓の古茶樹に需要がなくなって森が回復したとしての話なので、現実的に自分が生きているうちに霊薬は戻らない可能性もある。
あと一年、あと一年、森に入る体力が年々衰えてゆくのを足腰の節々に感じて、奥歯にチカラが入る自分にとっては、けっこう重い現実だ。

ひとりごと:
西双版納州景洪市に2010年からアパートを借りて住んでいるが、5年目の秋になって引っ越しした。この2週間ほどはそれで忙しかった。
西双版納のゴルフ場
西双版納のゴルフ場
同じ市内で仮住居ではあるが新開発区の新しいマンション。16階建ての16階。メコン川沿いで、開発区の中心となるゴルフ場を下に見る。ゴルフをする人なんてひとりも居ない地域だが、別荘的利用をアピールして、北京や上海の人が買っている。転売を目的にしているオーナーが多いので、実際に住んでいる人は部屋数の4分の1にも満たない。そこが良い。
農業市場のすぐ隣の、言わば下町のど真ん中から街の外れに移ったので、生活の面でいろいろ不便になるが、賑やかなところから静かなところへ、環境の変化がもたらす効果に期待したい。中国で人の多いところは、人の数だけトラブルも多くて、それから開放されるだけでも気分が良い。

一扇磨単樹A春の散茶2015年 その4.

製造 : 2015年03月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山(旧易武山)一扇磨
茶廠 : 漫撒山の工房
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 紙包+陶器の茶缶
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : 小さめの蓋碗
一扇磨
一扇磨
バイクで山を登る
一扇磨の道

お茶の感想:
一扇磨へ行ってきた。
2回めの訪問。
前回のは写真ページがある。
【一扇磨 古茶樹 写真】
一扇磨は漫撒山の一部にある。
西双版納旧六大茶山の中心的な存在であった漫撒山は、南北に距離にして30キロほど山脈が縦断する。北から丁家老寨・一扇磨・弯弓・ちょっと離れの刮風寨に茶地があり、そして易武山の老街につながる。
一扇磨の森の下
一扇磨の森の下
老街で貢茶づくりが盛んだった時代(100年以上も昔のこと)は、漫撒山に石畳の古い道が敷かれて、馬やロバが茶葉を集めていた。高級茶の産地として栄えた時代もあったが、その後に茶業の廃れた時代が長く続いて、山から人が去って、古道は緑に埋もれ、ほとんどの茶地が自然の森に還っている。
一扇磨は半径3キロくらいの地域に3つほどの山と谷が複雑な地形をつくる。今回は、まだ行ったことのない別の方向の山を登った。
急な坂道をほとんど登りっぱなしで1時間半歩いたが、オフロードバイクで1時間上ってからの徒歩1時間半なので、前回のはじめから徒歩3時間半よりはましだった。
足元の悪い山道を長時間歩くと膝がガクガクしてきて帰り道が心配になる。草が深くて見えない石や切り株に足をぶつけて怪我の心配もある。海抜が高くなってゆくにつれ息が上がってくる。もっと山歩きの回数を増やして身体を慣らしたほうがよいけれど、春と秋に集中して山へゆくのでオフシーズンに鈍ってしまう。
一扇磨の小茶樹の農地
一扇磨の小茶樹の農地
一扇磨の小茶樹の農地
一扇磨の沢水
一扇磨の水源地
お昼ごはん
山頂を超えて少し下がると、急に開けた明るい農地に出た。
人の背の高さくらいの樹齢50年以下の小茶樹が植わっている。下草が刈られて、雑木も切られて、太陽光がサンサンと照る。サッカーグランドくらいの農地がぽつんとある。ここだけ私有地として残っていて、周囲は国有林の深い森が迫っている。国有林は新しく茶樹を植えて農地にすることはできない。雑木を切ることもできない。茶を摘むことと、その足場を確保するための最低限の草刈りだけが許されている。
一扇磨の農地
一扇磨の農地
単樹のお茶はこの農地の周囲の国有林の森に生きている。
今年の春に2本の単樹のお茶を出品していた。
『一扇磨単樹A春の散茶2015年』
『一扇磨単樹B春の散茶2015年』
一扇磨単樹
一扇磨単樹
『漫撒陰涼紅餅2015年』を丁家老寨でつくっていた日程と重なって茶摘みに立ち会えなかったので、今回は茶樹を見たかったのだが、行ってみると似たような大きな茶樹が何本もあって、どれがAでどれがBか分からなくなっていた。農家もはっきり覚えていなかった。
一扇磨単樹
一扇磨単樹
森のお茶は野生茶ではない。
野生茶は常緑広葉樹林の森の影に隠れて育つので、日当たりが悪く、ヒョロヒョロと徒長して、成長が遅く、年に一度だけ春の終わりに新芽を出す。一本につき一握りも採れないほどなので、実際にはお茶に加工できない。ひとにぎりだけ趣味でつくるなら別だが、商品にはならない。ちなみに、生茶のプーアール茶にするための殺生(鉄鍋で炒る)には、最低でも鮮葉にして2キロはないと安定した仕上がりにならない。
野生茶
野生茶
野生茶
野生茶
(森の影にヒョロヒョロと育つ野生茶樹)
周囲の生態環境も含めて「野生」にこだわるなら、ほんとうは野生茶というお茶は存在しないことになる。歴史的に見てもそうだ。
では、森のお茶とはなにか?
山岳少数民族の移動生活と焼き畑農法が減った現代は、人間が山に入って道をつくったり、農地を開拓したりすることで、その周囲に少しだけ陽当りのよいところができる。半日陰と呼ぶ状態になる。太陽光を受けた茶樹が新芽を増やしてゆく。采茶(茶摘み)されるようになると枝の分岐が増えて、新芽はさらに増える。茶樹はゆっくり眠りから覚めるように新陳代謝を活発にしてゆく。
その過程にあるのが森のお茶。
しかし、人間がさらなる生産性を求めて、採光を増やしたり、栽培的な手入れをしたりすると、森のお茶ならではの清潔で爽やかな風味は失われる。それは西双版納では一般的な自然栽培のお茶というカテゴリーになる。
この関係、この距離感に注目したい。
人間から遠く離れすぎた茶樹は、お茶にできない。
人間に近付きすぎた茶樹は、お茶の質を落とす。
遠からず近からず。
人間と茶樹との原点は、そのへんの微妙な距離にある。
「茶樹の故郷」とされる西双版納に来たからには、野生と栽培との狭間、薬草とお茶との狭間、茶樹と人間との関係のはじまりを探りたくなるのだ。
一扇磨の単樹のお茶
一扇磨の単樹のお茶
一扇磨の単樹のお茶
一扇磨
一扇磨の単樹は、まさに人間と自然の関わりの原点を見ているように思う。
『一扇磨単樹A春の散茶2015年』の最後の粉々になった茶葉。
一扇磨単樹A春の散茶2015年プーアル茶
一扇磨単樹A春の散茶2015年プーアル茶
一扇磨単樹A春の散茶2015年プーアル茶
一扇磨単樹A春の散茶2015年プーアル茶
粉々でも味は濁らない。抜群の美味しさ。清潔で爽やか。
茶気の強い当たりは、単樹のお茶には少ない。穏やかな酔い心地が長時間続く。たくさん飲んでも夜は気持よく眠れる。
山の宝物のようなこのお茶が通販というカタチで消費者に平等に出品されたのは奇跡的な出来事なのに、なぜみんな飛びついて買わないの?と思ったが、目の前の宝物に気付かないことは自分にもよくある。

ひとりごと:
昨年から「山頭茶」という言葉が流行っている。
山それぞれのお茶の個性を楽しむということだが、山の地形・地質・気候・生態環境・茶の品種などを考慮したお茶づくりはされていない。その山で採取した古茶樹の茶葉であるという事実をつくるだけで精一杯。内容の伴わないマーケティングに終わっている。
でも、その狙い、向かう方向は良いはずだ。
一扇磨の山
森のお茶へのアプローチを追求してゆけば、山頭茶が目指した本来の目的地へ行けると思う。
一扇磨・弯弓・刮風寨を縦断して易武老街につながる漫撒山の古道は、深い森の緑に覆われて今や消える寸前にある。崩れた石畳の石は建築資材として地域の人々に利用されて消失している。
かつての山に詳しい老人だけが古道を道案内できるというから、その人達がまだ元気なうちに1週間ほどかけて徒歩で漫撒山を縦断しようかと茶友らと相談している。雨が降らなくて、毒蛇や山蛭のいない1月から2月に実行したい。

章朗古樹秋天散茶2015年 その1.

製造 : 2015年11月
茶葉 : 雲南省西双版納州孟海県巴達山章朗寨古茶樹
茶廠 : 巴達山製茶農家
工程 : 生茶のプーアル茶
形状 : 散茶
保存 : 西双版納 密封
茶水 : 巴達山章朗寨の山水
茶器 : 大きめの蓋碗
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
黄牛
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年

お茶の感想:
巴達山へ行ってきた。
秋の旬の最後の最後のタイミング。
数日雨が続いた後に2日間晴れて、3日目に山に上がって、4日目の茶葉を収穫して、5日目に乾燥して仕上げるつもりだったが、1週間前から茶葉の成長が止まっていて、お茶に加工できる若葉は見つからなかった。この数日の天気は良かったのに茶葉がなければ仕方がない。
農家に電話では聞いていたけれど、やはり自分の眼で確かめたほうがよい。
実際にはあっちに1本こっちに1本と、ほんの少しずつ若葉が残っていた。しかし、巴達山は茶地の区分が複雑で、あっちの1本とこっちの1本を所有する農家が異なる。農家からしたら1日かけて山に入って収穫できるのが1本か2本分だったら割が合わない。そういうわけで茶摘みをお願いしても断られた。
自分で摘んで、摘んだ分だけお金を払うという手もあったが、それにしても摘める量が少なすぎる。鮮葉にして2キロも集まらないだろう。手づくりといえども少なすぎて製茶がうまくできない。さらに若葉は成長が止まって数日経つので、揉捻するとパリパリと粉砕するくらい硬くなっていて、目的の紅茶づくりは難しい。
章朗寨古茶樹
巴達山の森
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
お茶がつくれなくても、茶山を尋ねるのは意義がある。
人の少ないこの季節は、農家が隠れて農薬や肥料を使っていないかどうかをチェックできる。茶地を歩いて踏みしめる感触で、土が健康な生態環境を保っているかどうかがわかる。秋から冬にかけていくつかの茶山を尋ねて、来年の春の候補を決めておく。
古茶樹
古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨古茶樹
章朗寨の布朗族の茶山
章朗寨の布朗族の茶山
森の古茶樹の茶葉
旬が過ぎて冬になる。
振り返ってみると2015年は春からずっと雨が多かった。雨が多いと茶葉はよく成長するはずだが、一年を通してみたら全体的に収穫量が少なかった。そして、業者仲間はお茶の味もいまひとつだったと口をそろえて言う。
そんな年もあるのだ。
暦のめぐりがお茶の質や収穫量を決める。
太陽や月や地球の回転が、おそらく飲む人の身体にも同じようになんらかの変化を与えているだろう。しかし、現在においては飲む人の側の不安定は無視して、お茶がつくられ、お茶が売られる。つまり人は機械のようになろうとしている。たぶんそのほうが脳が楽だからだ。脳は自分の都合の良いようにモノゴトを解釈する癖があり、お茶についてもそうなのだ。脳に自分勝手を許してはいけない。
巴達山
巴達山
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗古樹秋天散茶2015年
章朗寨の布朗族の村を尋ねたら、村長の家に3日前に2本の古茶樹から摘んだという毛茶が少しあった。500gもないけれど、これを少し分けてもらった。
章朗寨古茶樹のお茶
『章朗古樹秋天散茶2015年』(出品予定なし)
まさしく秋の旬の味わい。
巴達山の冷たく澄んだ空気が吸う息と吐く息に薫る。
章朗寨の茶地は森が深くて雑木を切らずに残しているから、多くの古茶樹が日当たりの悪い環境で育っている。その青黒い茶葉の表面は蝋を塗ったようにツヤツヤ光って森の影に存在感を放つ。神秘的な美しさに得体のしれないチカラを感じる。
この感覚が、自分の身体もこの自然の一部であり、すべてが繋がっているということを証明していると思う。
古茶樹の茶葉
古茶樹の茶葉
巴達山古茶樹

ひとりごと:
章朗寨の布朗族は、とても人当たりが良くて親しみを覚えるが、仕事となるとなかなか難しい人たちなのだ。来年の春のお茶づくりに章朗寨の古茶樹を選ぶとしたら、そこが一番の課題となる。
過去に『版納古樹熟餅2010年』の原料に章朗寨の古茶樹を選んでいるが、5年前のその時と今とでは村の社会的環境が大きく変化していて、同じ手は通用しないだろう。
冬の間にもう一度行って、人間の研究をしておきたい。

漫撒陰涼紅茶2015年 その4.

製造 : 2015年03月22日
茶葉 : 雲南省西双版納州孟臘県漫撒山丁家老寨古茶樹
茶廠 : プーアール茶ドットコム
工程 : 紅茶
形状 : 餅茶
保存 : 密封
茶水 : 西双版納のミネラルウォーター
茶器 : マルちゃんの片口と湯飲み
マルちゃんの片口
マルちゃんの片口と湯飲み

お茶の感想:
最近お客様からいただくコメントがいい感じ。
老茶の枯れた味と、マイルスディビスのトランペットの枯れた音。
雨の日のお茶と、雨の日の音楽のセレクト。
熟成の茶葉と、大学の校庭にあった広葉樹の落ち葉の香り。
ゆっくり湯を沸かして丁寧に淹れるお茶と、量子物理学と人の精神。
茶葉が採取された森の呼吸と、お茶を飲むときの呼吸。
そんな感じの静かな観点。
当店はお茶を売る立場であり、お金と交換させていただく手前、つい安易にわかりやすい価値に訴えかけやすい。ダイエットや健康の栄養価値、毎日一回あたりのコストパフォーマンス、他の地域のお茶との価格競争力、産地や製法における希少性、無農薬・無肥料などの栽培条件、有名茶山・有名職人・有名メーカー・・・。
そんな感じのやかましい観点。
たしかにそれはモノを買う強い動機になるけれど、そこに注目されたお茶は、それ以上の価値を発揮するのがかえって難しくなるような気がする。
伝えにくい価値こそ大事。
定量化しにくかったり、みんなに共通しないかもしれない個人的な観点。
心に作用して静かに感情を揺り動かして、美しいことや幸せなことに敏感になったり、自然界と自分の身体との関連に気付きがあったり、それぞれの人生に浸透してゆくお茶。
本当はそういうところにこそ価値があると思っているのに、いざ売るとなるとそうじゃない、わかりやすい観点を紹介する。
真鍮のヤカン
漫撒陰涼紅茶2015年
お茶づくりの現場においても同じことがある。
わかりやすい価値をつくろうと作為的になったり、わかるところだけを重視して効率を追求したり。
心の動きを無視している。
人間が心地よい環境は、茶樹も心地よく感じている。
栽培の環境は、茶葉の生産量や茶摘みの効率を追求したものであってはいけない。
季節を無視した乱獲は、茶樹を痛めていると同時に、人間も傷つけている。
製茶のときに人間が心地よく感じるリズムは、茶葉の加工の結果(つまりお茶の味)にも気持ちよさが移る。作業はその日その時の人間のコンディション(その日の天候などに左右されている)とシンクロするべきで、機械のリズムに任せてはいけない。
気持ち良く飲めるお茶は、気持よく育ったお茶、気持ちよくつくられたお茶。
だから人の心に作用する。
こんな理想を追求するとお茶は高くなる。売れにくくなる。
しかし、安いお茶をつくろとして、産地では過剰生産による大量の在庫が発生している。いったいどれだけたくさんの茶葉が売れないゴミとなって捨てられているだろう。流通にも在庫が大量にある。業者が損失を確定したくないために売れない茶葉を倉庫いっぱいにかかえている。全国各地の倉庫にいったいどれだけの茶葉が捨てられるのを待っているだろう。ズルい業者がそれをうまく商品化して消費者に売る。しかし、そんなお茶は1回か2回で気持よく飲めないことがバレて、消費者の手元でやはり捨てられるのを待つだけになる。
こんなことしていたらバチが当たる。
お茶をつくる人も、売る人も、買って飲む人も、心の動きを軽視してはいけない。心は人間が自然界と交信する唯一の手段。
今日はこのお茶。
+【漫撒陰涼紅餅2015年】
漫撒陰涼紅茶2015年
マルちゃんの片口
漫撒陰涼紅茶2015年

ひとりごと:
喋りすぎて疲れた。
でも元気が戻ったらまた喋る。
心が喋るうちはずっと喋り続ける。


茶想

試飲の記録です。

・キーワード検索

・カレンダー

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

・表示されている記事

・お茶と年代のカテゴリー

・記録

お茶の歴史
お茶の歴史 (JUGEMレビュー »)
ヴィクター・H・メア,アーリン・ホー

・サイトリンク

・プロフィール

 

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM